TOP>チャンピオンの歴史:1919-1930's

創業者サイモン・フェインブルームが、のちにチャンピオン社となる"ニッカーボッカー・ニッティング・カンパニー"を設立。アメリカニューヨーク州ロチェスターを拠点に構え、主にセーターの販売を手がける。
サイモンの没後、その息子のエイブ&ウィリアム・フェインブルーム兄弟が「チャンピオン・ニッティング・ミルズ社」として社業を受け継ぐ。当初彼らはTシャツやソックス、スウェットシャツの原型であるウールの下着を、屋外労働者の防寒用として販売していた。これがやがて米軍アカデミーの訓練用ウェアに採用される。
大学としては最初の顧客、ミシガン大学とのビジネスが始まる。彼らは、当時高価だったアスレチックウェアを高品質かつ手頃な価格で販売しているチャンピオン社に目をつけ、スウェットシャツを採用した。これが評判になり、以後はコーチからコーチへ口コミで全米の大学に広がっていく。
ここから"One Coach Tells Another"というスローガンが生まれた。
前年入社したハーマン・ビーバーに続き、サム・フリードランド入社。当時は4人で地域ごとの分担を決め、アメリカ全土の販売を行っていた。
Tシャツやスウェットシャツにナンバーや大学名をプリントするレタリング加工を開発。「体育の授業で生徒に貸し与えていたウェアを管理回収する」という大学側のニーズに応える事が目的だった。同時に、それまで下着として考えられていたTシャツがアウターとして着られるきっかけとなる。
サム・フリードランドによって"リバースウィーブ"が誕生する。スウェットシャツを洗うと縮むというクレームを解決するために、縦に織っていたコットンを横向きに使用する事で縮みを防いだ、画期的な発明。同年、チャンピオンは大学のブックストア(生協)においてTシャツの販売を開始。
リバースウィーブが製法特許を取得。チャンピオンの革新的な改善とアイデアは多くのファンを増やしていった。
海軍からの依頼により、訓練用に表と裏の異なる「リバーシブルTシャツ」を開発。記念すべき第1号は、海軍のチームカラー、ネイビーとゴールドだった。